スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/-- --:-- | スポンサー広告
アフリカツアー
2月6日 6時過ぎにホテルをCHEK OUT そして 11時ごろに ヨハネスブルクの空港に到着、無事チェックインを終え いざ タンザニアへ、 飛行機内で南アフリカ産のワインを2本飲み調子良くなったが 途中で寝た、

そして ようやく タンザニアの ダルエスサラームに到着、 空港は 薄暗く 中は 日本の梅雨真っ只中をまだ 強烈にしたような 暑さで 冷房も入ってなかった。 さすがに 南アの爽快さから こっちに来たら 結構きついけど 日本て なんて便利すぎる国なんだろうと思う。いくらでも節電できるし、節電したからといって 死ぬわけでもないし、慣れればいいだけなんだよね、
結局 SUKIAFRICAチームは 乗客の一番最後にまわされ、 ようやく外にでて 両替しに行くが 一軒めは もう金がないと 断られ 二軒めで ようやく両替できた。

ホテルに着いて カード式の鍵をもらい 部屋に行くが ドアが開かず もう一度フロントまで 行く、新しいカードをもらい 二度めのトライ、が またもやドアは開かない、 そして再度フロントへ 今度は従業員も一緒に、ようやく部屋のドアが開き 入る、
さっそく電源を探し充電して 立ち上がったら テレビの台に額をぶつけ 血が出てきた。 久しぶりにニューヨーク時代によく使っていた FUCKという言葉が ついでた、

少し冷静になって考えると なんて 俺は日本という便利な国に慣れてたんだろうと思い、同時にまた ようやくアフリカに戻ってきたなという 感じが湧き上がった。 ここアフリカは 生きていく力の出るところ。 みんな必死に毎日生きている それものびのびと、日本の窮屈さが まったくない。

日本は 便利さや 金儲けに奔走したあげく 今のような窮屈な国になったのかな、なんて思ってしまう。

僕は トーゴ人のピーターとカメルーン人のエリックと外出し 彼らはクラブに行き 僕はコンビニがないので お店で生暖かい水とジュースを買い込み ホテルで飲んで寝た。
スポンサーサイト
03/24 10:52 | 日記 | CM:0 | TB:0
災害救援隊
昨日 4月23日 僕の住んでる 北海道石狩郡当別町から 第一陣災害救援隊が、渡辺 誠さんの運営している ほっとハウスから 気仙沼~唐桑に向けて 出発しました。

メンバーは、渡辺さんの奥さんの かよこさん、娘さんの ともみさん、 ほっとハウスで同居している アーティストの石山 泰作さん、それと運転手の佐藤さんです。


昨日は 救援隊の送別会で 僕は 演奏してきました
ほっとハウスからは 既に10万円の義援金と物資を 送り、 これから 3年間 定期的に支援していく方針です。 マサトも自分のできる範囲で支援していこうと思ってます。


あと 被災者の受け入れですが、ほっとハウスには 10名、その他 渡辺さんの知り合いで 40名、合計50人 受け入れる 予定です。

被災地では 今だ 食料 物資が 足りないとのこと、 政府の対応が あまりに遅いので こうやって民間の人達が動かなければならない状況が 続いてます。

多分これは 全国的に起こっている状況だと思います。 そしてこの支援が一日も早く被災者の笑顔に変わることを祈ってます。


MASATO
03/24 09:48 | 日記 | CM:0 | TB:0
アフリカツアー
2月5日 早朝 僕達は、スワジランドに向けて出発、バンを借り切って 5時間弱の旅にでた。

ヨハネスブルクをでると そこには 行けども行けども牧草地が拡がり 牛が放牧されていた。 高速を走っているはずだが 普通の道路となんら変わらず、ただ 道は 北海道のそれよりも まだ真っすぐであった。


途中 巨大なコーン畑や杉の植林も見れた。 あと 原子力発電所も 2カ所あった。

3時間半ほど 運転手の持ってきた アフリカンポップスを聞きながら ようやくスワジランドのイミグレーションに到着。 手続きを済ませ、 しばらく走ると 今夜のライブ会場の HOUSE ON FIRE に着いた。ここは とても広く 中はファンタジーの世界が広がっていた。 レストランで 量が日本の倍はあるだろう 骨付きステーキを食べ サウンドチェックに向かう。


ドラムセットは ボロボロだったが スタッフの人は 熱心にやってくれた。

そして 21:30ライブスタート、 最初お客さんの出足が 遅かったが、途中からどっと増えた。 なぜか ここは 白人が 多い、


ライブは 超盛り上がった、 店の人も この店始まって以来一番いいライブだと言っていた。 それは 南アフリカ共和国のMOYOのコック長も同じことを言っていた。

アフリカまで来て 人々が喜んでくれてるのが 何よりうれしい、 来て良かった。 明日は、また早くでて ヨハネスブルクに舞い戻り、今回のツアーのメインでもある ザンジバル島に行きます。
03/11 18:53 | 日記 | CM:0 | TB:0
アフリカツアー
2月4日 僕は 南アフリカの気候が、すっかり気にいった。 南半球に位置してるせいか どこかオーストラリアに似ていて 暖かくカラッとしている。


遂にアフリカツアー初ライブが、南アフリカ共和国のMOYOで行われた。 チケットは、SOLD OUTであった。 お客さんの反応もすごく良かった。 新曲の江州音頭では エリックが 見事にドラム役を果たしてくれた。


アンコールでは、チウォニーソが、ネマムササを歌うと ここの従業員が どっと前に現れて踊りだした。 それは、見事な光景であり 今日のライブは 成功だと僕は 思った。


あとで聞いた話だが、従業員のほとんどは、ジンバブエから出稼ぎに来ている人達で ジンバブエ人のチウォニーソが 最後に歌ったので 店のオーナーが 踊っていいと許可したらしい。

ライブ後 しばらく みんなで 打ち上がってから ホテルでミニ打ち上げ、明日は、朝早く起きて スワジランドだ。
03/04 14:03 | 日記 | CM:0 | TB:0
アフリカ ツアー
2月3日 7時間時差のせいなのか 朝早くめざめる。 しばらくすると トキコウのバカっぽい声で はっとして 同時にここは、日本じゃないことに気づく。

朝食前 江州音頭のSUKIAFRICAバージョンのアンサンブルを考えてると なんだかアフロビートがしっくり来るんじゃないかという気がしてきた。


ピーターとシュシュが 僕達の泊まっいる ホテルに来てくれて リハーサルができた。


その後 明日のライブ会場のMOYOでリハーサルをやった。 素晴らしいレストランで2階から 地下2階まで いろんなスタイルの部屋があった。


リハーサル後 僕は、ベースのシュシュのシスターの家に晩御飯を招待され ピーター、エリック、チウォニーソ、山北、カメラマンの 伊藤かおりさん達とよばれに行った。

ホテルまで向かえにきてくれたシュシュのシスターと旦那さんの車2台で行くことになり 僕は シスターの車に乗った。高速を走るシスターの車は 飛ぶように速かった。

家に着くと扉が自動的に開き アフリカぽくないなと勝手におもいながら 車をでると家の人達が 向かえていてくれた。


中にはビュッフェスタイルの肉料理中心のディッシュが大きいテーブルいっぱいに置いてあり。


超 腹が減ってたらすごいご馳走やのに 今 高速で飛んできて これ見たら 食欲が イマイチでなかった。


しばらく歓談して さっそくいただく。 一口食べると食欲が 蘇り その後は がっつり 全種類いただきました。 家には プールがあり お手伝いが2人 外には プールが あり ビバリーヒルズっぼいなと 行ったこともないのに 考えていた。 すっかりご馳走になり あとは ホテルにもどり寝ました。
03/03 00:13 | 日記 | CM:0 | TB:0
Template Design by Akane*
Copyright © 2006 KIMURA MASATO All Rights Reserved
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。